思ひ 【解決方法Q&A/疑問攻略/スポーツ】


Q&A:思ひについて? 解決方法/評価

・沙石集の現代語訳を教えてください。(本文)天徳の御歌合の時、兼盛・忠見、ともに御随身にて、左右についてけり。「初恋」といふ題を給はりて、忠見、名歌詠み出だしたりと思ひて、兼盛もいかでこれもどの歌詠むべきとぞ思ひける。恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしかさて、すでに御前にて講じて、判ぜられけるに、兼盛が歌に、つつめども色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで判者ども、名歌なりければ判じわづらひて、天気を伺ひけるに、帝、忠見が歌をば、両三度御詠ありけり。兼盛が歌をば、多反御詠ありける時、天気左にありとて、兼盛勝ちにけり。忠見心うく覚えて、心ふさがりて、不食の病つきてけり。頼みなきよし聞きて、兼盛訪ひければ、「別の病にあらず。御歌合の時、名歌詠み出だして覚え侍りしに、殿の『物や思ふと人の問ふまで』に、あはと思ひて、あさましく覚えしより、胸ふさがりて、かく思ひ侍りぬ」と、つひに身まかりにけり。執心こそよしなけれども、道を執する習ひあはれにこそ。

・花は盛りに 途中から現代語訳できる人、この文を現代語訳していただけませんか?なるべく正確に訳してくださると嬉しいですよろづのことも、初め終はりこそをかしけれ。男女の情けも、ひとへに逢ひ見るをばいふものかは。逢はでやみにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜を独り明かし、遠き雲居を思ひやり、浅茅が宿に昔をしのぶこそ、色好むとは言はめ。よろしくお願いします

・東下りについての質問です。至急おねがいします(>人<)①「身をえうなきものに思ひなして」とありますが、男の境遇になにがあったのか。②「一人二人して」とありますが、どうしてはっきりと「一人」もしくは「二人」と書かないのか。 また、「一人二人して」と書くのと「二人」と書くのとではどういう違いがあるのか。です。至急ご回答をくれると助かります!

・「徒然草」の現代語訳、お願いします。第五十九段(大事を思ひ立たん人は)の、「年来(としごろ)もあればこそあれ、その事待たん、程あらじ」という文です。以前、他の質問者さまからの投稿に対して偉そうに回答したのですが、考えれば考えるほど、どう訳せばよいのか分からなくなりました。できれば意訳ではなく、直訳でお願いします。

・沙石集の文章中の助動詞を文法的に教えてください。次の文の{ }の中の助動詞です。文法的にというのは、例えば「意味:存在 終止形:なり ラ行四段活用 連用形」というような表し方です。ラ行四段活用と連用形をそれぞれ「ラ四」、「用」と省略していただいてもかまいません。 南都に、智運房といふ寺僧あり{(1)けり}。あまりに物騒なり{(2)けれ}ば、ひた騒ぎの智運房とぞ、人申し{(3)ける}。 ある時に、向かひの僧坊に焼失あり{(4)ける}に、騒ぎ出でて、手水桶の水を捧げて、傍ら{(5)なる}法師の首にかけ{(6)けれ}ば、「これはいかに」と言へば、「御坊の顔に火のつき{(7)たる}と思ひて」とぞ言ひ{(8)ける}。火の光、顔に映りて見え{(9)ける}を、火のつきたると思ひけるにこそ。 あるときに、若き者ども寄りあひて、酒宴し{(10)ける}に、続瓶子せむとて、瓶子を持ちて酒屋へ行きて、程もなく帰り{(11)たり}。人々興に入りて、瓶子{(12)なる}酒を提子に入れて見れば、浮き草あり。あやしと思ひて飲みてみれば、水{(13)なり}{(14)けり}。「これはいかに、一向に水{(15)に}てあるは」と問へば、「よも候は{(16)じ}。やがて汲みて候ひ{(17)つる}ものを」と言ふ。「(18)こは何と言ふことぞ」と問へば、「月はおぼろなり。雨に道すべりて、猿沢の池の端にてすべりて、瓶子を池にうちこぼし{(19)つる}を、やがて時を移さ{(20)ず}、そこを汲み{(21)たり}{(22)つる}。」とぞ言ひ{(23)ける}。番号をふらせていただきましたので回答にご利用いただけたらとおもいます。よろしくお願いいたします。

・徒然草の現代語訳について。仁和寺にある法師、年寄るまで、岩清水を拝まざりければ、心うく覚えて、あるとき思ひ立ちて、ただ一人、かちより、詣でけり。極楽寺・高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。さて、かたへの人にあひて、「年ごろ思ひつること、果たしはべりぬ。聞きしにも過ぎて、尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。少しのことにも、セン立ちはあらまほしきことなり。の現代語訳を教えてください。(教科書に載っているものです)

・和歌の内で、最も美しいとお勧め歌を教えて下さい。私は、清少納言の父、清原元輔の、新古今集(1016) です。にほうらむ 霞のうちのさくら花 思ひやりても おしき春かな余談ですが、愛知県江南市、藤で知られた曼荼羅寺の近くに"花霞"という名の交差点があります。 そのすぐ近くに、"桃源"という名の交差点もあります。

・「思い草」・・道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何をか思はむどうして、「思い草」と呼ばれるようになったのでしょうか?よろしくお願いいたします。

・源氏物語 光る君の誕生源氏物語 光る君の誕生 の章で質問があります。人より先に参りたまひて、やむごとなき御思いなべてならず、皇女たちなどもおはしませば、この御方の御いさめをのみぞ、なほわずらはしう、心苦しう思ひ聞こえさせ給ひける。と言う文があるのですが私は人より先に入内なさって桐壺帝のご寵愛は格別で、皇女たちなどもいらっしゃるので一の皇子の女御のご意見だけは桐壺帝はめんどうくさいと思っても、気の毒なこととお想い申し上げていらっしゃる。と訳したのですが心苦しう思ひ聞こえさせ給ひける。の品詞分解がよくわかりません。心苦しう/思ひ/聞こえ/させ/給ひ/ける。聞こえ=補助動詞(謙譲)させ=尊敬給ひ=尊敬ですか?「聞こえ」はなぜ謙譲表現なのでしょうか?(誰に対する謙譲表現なのでしょうか?)急いでいるので乱文で、申し訳ありませんよろしくお願いします。

・竹取物語の文章なんですが、「八月十五日(はづきもち)ばかりの月に出で居て、かぐや姫いといたく泣き給ふ。人目も今は、つつみ給はず泣き給ふ。これを見て、親どもも、「何事ぞ」と問ひ騒ぐ。かぐや姫、泣く泣く言ふやう、「さきざきも、申さんと思ひしかども、『かならず、心惑はし給はんものぞ』と思ひて、今まで過ごし侍りつるなり。『さのみやは』とて、うち出で侍りぬるぞ。おのが身はこの国の人にもあらず。月の都の人なり。それを、昔の契りありけるによりてなん、この世界にはまうで来たりける。今は帰るべきになりにければ、この月の十五日(もち)に、かの元(もと)の国より、迎へに人々まうで来(こ)んず。さらずまかりぬべければ、思し嘆かんが悲しきことを、この春より、思ひ嘆き侍るなり」と言ひて、いみじく泣く。というところで最後の文章で、「思し嘆かん」の主語が親どもというのは確かに理解できるのですが、それが何でか、根拠がうまく説明できません。根拠というか主語が親どもである決めてを教えてください。

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